樹影の下で 第一章 サンパウロ 1973年4月 ⑤
クリチーバに着くと霧が晴れ、陽が昇っていた。バスを降りると運転手は荷物を渡しながら「お前さんの幸運を祈るよ。あの娘は間違いなくいい娘だし、おまけに別嬪だ」と言うととニヤッと笑って私の肩を叩いた。
早朝でもクリチーバのバス・ターミナルは混んでいた。大きな荷物をいくつも引きずるようにして出口に向かう人々、サンパウロから戻ってきた息子と抱き合って喜ぶ出迎えに来た父親。出発の別れの時と異なってそこには出会う喜びがあった。私には喜びの時を誰かとこのように抱きしめてあって分かちあう日が来るのだろうかと、ふと思った。
「行きましょう」と言ってアントニーナはオレンジ色のリュックを片方の肩にかけて先に歩き出したので、私も荷物を肩にかけて慌てて追いかけた。
ターミナルを出ると、通りを挟んだ道向かいの小さな丘の上に灰色の教会が建っていた。何の変哲もないどっちかというと不細工な教会であった。正面の入口の上部には四角形の大きな屋根が前方にせり出していて、その上のアーチになった窓は格子になっていた。その格子の上に大きな十字架が取り付けられていたが、もう一度視線を入り口に戻すと、教会の閉じられた重々しい扉は単に閉じられただけではなく、なにかを固く拒んでいるような違和感があった。見上げると屋根の上にはもうひとつ小さな十字架があって、明けたばかりの朝日が雲間から射してわたしの立っている足もとに十字架の影が生き物のように伸びてきた。
私はその影を不吉なもののように飛びのいて避けるとアントニーナの姿を探した。彼女は立ちどまって振り返ってこちらを見ていた。私は彼女に近づき訊ねた。
「あの教会は・・」
「ノッサ・セノーラ・ダ・グァダルーペ教会よ、どうしたの」
「いや、なんでもないさ、さあ行こうか」と答えると、アントニーナは、いきなり私の手を取って歩きはじめた。
バス・ターミナルと教会の間のアンドレ・デ・バーホス通りを西の方角に進んで、右に曲がるとロレンソ・ピント通りという緩やかな坂道に出た。町はターミナルの周辺だけに人が集まっていただけで、二ブロックも離れると早朝の町は人影が少なくなり、私とアントニーナの歩く足音、そして、ふたりの吐息だけが聞こえるだけだった。
アントニーナは少年のように歩いた。真っすぐに背筋を伸ばして、大きく伸ばして早足にしなやかに歩く。視線はまっすぐに前に向けられている。短い髪が歩くたびに耳元で小さく揺れている。私は握られた手を意識して歩調が乱れがちだった。
街の北に向かって十五分も歩くとキンゼ・デ・ノベンブロ通りという商店街らしき通りに出た、閉じられた網戸シャッターのガラスのショーウィンドーの中では数体のマネキンがポーズをとって外を眺めていた。通りには清掃車が昨日という日のゴミを集めて放り込んでいた。犬が吠える。その犬に清掃車の作業員が物を投げつけ、犬が路地に逃げ込んだ。そして、その商店街を抜けると小さな公園の角に立っていた。街角の標識にはチラデンテス広場とあった。
「ねえ、ミサにつきあってくれる」突然、アントニーナが訊いた。
「え?」と言うと、身を震わすような鐘の音がいきなり鳴り響いた。広場の正面には両脇に高い尖塔のそびえた教会があった。中央の屋根も三角形になっておりその先には二人の天使に支えられた小さな十字架が明け方の薄青の空に祈るように捧げられていた。
「カテドラルの鐘よ。朝のミサが始まるの」と言ってアントニーナが尖塔の鐘楼を指さした。
「祈りたいの。でも、一人で行くのはいや、だからつき合って」と言うと、返事も待たずに小走りに道を渡り始めた。私は手を握られたままだったので、同じように小走りになって通りを渡った。
「カテドラル・バシリカよ、幼いころ祖母とよく来たわ」数名の信者たちの後から聖堂の中に入りながら、アントニーナがささやいた。
朝の街は肌寒かったが、石造りの聖堂の中はさらに寒かった。アントニーナは拝廊に置かれた聖水に静かに右手の人差し指と中指を濡らし、額から下へ、そして左右の胸の前で十字を切り、親指と人差し指を交差させてつくった小さなクルスを唇に当てた。
教会の内部は、ドームになった身廊部分の正面に祭壇があり、左右の袖廊まで信者で埋まっていた。祭壇の正面上部の丸いステンドガラス窓を通して宗教画家が好んで描くように陽光が線になってカテドラルの内に差し込んでいた。その陽光と対照的に上に行くほどに狭まったアーチ型の高い天井の上部は暗かった。天井からクリスタルのシャンデリアが吊るされていたが、その照明の灯りは高みあって神の存在を示しているだけで、明るく照らすという照明本来の役割は担っていないようだった。カテドラルの空間は吊るされたシャンデリアの薄明かりと、左右のステンドガラスの窓から入った原色の光が交わり踊っていた。
アントニーナはさほど前に進まず、空いた席を見つけると静かに座って横に移動して私の座る場所をつくってくれた。私がそこに座るとカテドラルの中には司教の低い声が響いた。その声は聖堂の高い天井の上方へ渦をまいて昇っていくような気がして、その響く渦を追って見上げた。もう一度、司祭の声がして正面の祭壇に視線を移すと、幼いイエスを抱いたマリア像の下で司祭は聖書を開き、その両端に掌をかざすようにして上に向け、神を求めるように目線をカテドラルの上方の空間に向かって話しだした。
「聖ヨハネによる福音書第三章にこうあります・・・・・・」ミサが始まった。それは、二千年に及ぶ荘厳な歴史を再現する儀式だった。
ミサの間、左の袖廊のステンドガラスに描かれた赤子のキリストを抱いた聖女マリアが光の中で私を見下ろしていた。信仰の無さをガラスの聖女に見抜かれているような、あるいは場違いな集団に迷い込んだ者のように、私は気おくれを感じていた。
司教の声が「アーメン」と唱えるとその復唱が聖堂の中に響いた。しかし、私はアントニーナの小さな「アーメン」という声しか聞いていなかった。彼女はいつの間にか取り出した古い皮の聖書を膝に置いてうつむいていた。アントニーナの頬に髪が揺れている。合された両手の右中指にブルーの石がついた指輪が光っていることに初めて気が付いた。瞳が閉じられ、かすかに彼女の唇が動く。祈りはじめた彼女の呟くような声は聞こえたが、その言葉は聞きとれなかった。誰のために何を祈っているのだろうか、一心に祈る彼女の祈りの対象に私は軽い嫉妬を覚えて胸の動悸が速くなった。
その時、また「アーメン」という声が天井から降ってきた。それからパイプ・オルガンの音がカテドラルの石壁に深く沁み込んでいくように奏でられると、女性の歌い手の透きとおるようなアルトの声が、ローレライの歌声のように、人々の心を虜にしようと、美しく危険な賛美歌という歌を響かせた。
― 人はなぜ信仰を持つのだろうか ― この大勢の人々がひとつの対象に祈っている。私は奇妙な感覚に囚われ、自分一人だけが疎外されている者のように寂しさを感じた。そして、それが逆であれば一体感と喜びを感じるのだろうか。なにかに繋がっているという共感、安心感、そして一体感を得たいがために人々は聖堂に集うのだろうか。それが信仰の真の理由なのだろうかと疑問が湧いた。
ミサは進み、司祭がマグダレ―ナのマリアのことを話していることを聞くでもなしに耳にしていた。
「御聖体拝領を行います」と言うと、チリーンという鈴を合図にベンチに座っていた人々が身廊の通路に出て祭壇に向かって進み、列をなした。そして、聖堂の中がざわめき、混雑し、そしてそれが収まり、通路の人々が少なり、もとの静けさに戻ろうとしたとき「ねえ、通して」とアントニーナが言った。
私は通路側の席を立った。アントニーナは「待っていてね」と言うと私を残して祭壇に向かって身廊の中央を歩んでいった。祭壇に向かって歩いていく彼女の後ろ姿が正面のステンドガラスからの光に輪郭がぼやけて一瞬彼女が宙に浮いたような錯覚覚えた。
広い聖堂のベンチには数人の者しか残っていなかった。罪を見とがめられた者のように落ち着きのない後ろめたさを残されたものは共有して、向こう端に座った男が照れたように笑いかけたが、私は無視した。
賛美歌の中で御聖体拝領という儀式は進められ、アントニーナが戻ってきた。わたしの手に触れて「ごめんね」と言った。私はそれだけで神に出会ったような気がし、それは女神に違いない思い、苦笑した。
やがてミサが終わると、礼拝堂の中は歓談する人々の会話で賑やかになり、「セニョリータ・アントニーナ」と挨拶する者たちもいた。わたしたちは人々が去るのを待ってベンチに座っていた。そして皆の後から最後に出口に向かうと、司祭が出口で待っていた。
「アントニーナさん、お久し振りですね。お母様はお元気ですか」
「ええ、いつも家で威張っていますわ」
「いえ、それは違います。あなたもお分りでしょう?」
「ええ、でも私はあの方にいつも嫉妬していますの、神父さんもお分りでしょう?」
「ええ、よく分かりますとも、それほどあの方は素晴らしい女性です」
「でも、大変なことよ、その素晴らしい方と暮らすのは。まるでこのカテドラルに住んで高みにある方を礼拝している司祭のようなものよ」
司祭は六十をこえたほどの歳で、背が高く肩幅も広く、もとは金髪だったはずの白髪を赤く秀上がった額の上にわずかにフワッとのっけていた。そしてグレーの瞳を細めると口元に笑みを浮かべた。
「あなたはあの女性の娘ですよ。きっとあなたもあの人のような素晴らしい女性になれますよ。それは私が保証します」
「でも私は、母のようになりたいと願っていないわ」アントニーナは悪戯っぽく笑うと私の腕を取った。
「そうそう、この方の紹介は?」と司祭が催促した。
「母と違う人生の第一歩よ」
「それは危険な考えですね。でもこの方は危険そうには見えませんが」
「母に紹介するために連れてきたの。トーマよ。トーマこちらはサルダニャ司祭」と紹介したが、母に紹介するために連れてきたという言葉がわたしの胸を軽く刺した。
「よろしく、トーマです。サンパウロから来ました」
「お国はどちらですか?」
「日本です」
「イッセイですか、ニセイですか」と司祭は日本語をまぜて訊ねた。
「一世です。ここには日本人が数多く住んでいるのですか」
「ポルトガル語がお上手ですね。サンパウロほどではないのですが、ここにも多くの日本人が住んでいますし、勤勉で立派な方々ですよ」
「ところで、アントニーナさんとはどちらでお知り合いになりましたか」と少し硬い調子の言葉と視線で訊いた。私は司祭の口調に微かな敵意を感じた。なぜだろうと思いながらも答えた。
「バスで隣席でしたので」
「では、以前からのお知り合いではないのですね。クリチーバは初めてですか」
「はい、はじめてですが。なにか?」
「いえ、なぜかお会いしたことがあるような気がするのです。失礼しました」と云って、司祭はもとの穏やかな口調に戻った。私はなぜか、アントニーナの「あなたと似た人がいたの」という言葉を思い出していた。
「神父さん、ごきげんよう」
アントニーナはそれ以上の質問を遮るように別れを告げた。
「お母様によろしく、たまにはクリチーバの町にお出かけ下さるようお伝えください」といって司祭はアントニーナを抱いて両頬に軽くキスをした。
「どうしたの」カテドラルを出てから黙ったままの私にアントニーナが聞いた。
「あの人に似ている・・・・。お母さんに会わせるために連れてきたの・・・。を気にしているのさ」というと、アントニーナは目を輝かせて訊いた。
「それで?」
「だから、似ているには僕が存在しないし、お母さんに会わせるためには君が存在しない、つまり二人とも存在しない。僕でないものを君でないものと会わせようとしている。いったい何の意味があるんだい。君の気持ちはどこにあるの?」
「私の気持ちを知るのはまだ先よ、待つことを覚えることね。人生は結果ではなくプロセスだと母はいつも言っているわ。旅の価値も結果ではなくてプロセスでしょう。母と会って結果を出すことね」と言うと「さあ、朝食を食べましょう。お腹がぺこぺこじゃないの?」と訊ねた。
そう言われると、昨夜から食事をしていなかったことを思い出して、急に座りこんでしまいたいほど腹が空いて膝の力がなくなったような気がした。そして、香ばしいコーヒーの香りさえ漂っているような幻覚さえ覚えた。
アントニーナは聖堂の正門を出ると左に折れ、バロン・デ・リオ・ブランコ通りを歩きだした。彼女の歩みは早いし、それに弾むようなリズムが加わって急がなければついて行けなかった。聖堂の石壁に沿って歩き、裏手の大通りに出ると横断歩道を走って渡った。それから振り返って笑ったかと思うと「左に曲がるわよ」と言った。
その左に曲がったサン・フランシスコ通りはクリチーバの古い歴史が町並みに残っていた。そう長くない上り坂の通りにはいくつもの教会があり、信仰心は自信がなかったが教会建築を眺めるのは好きだった。その教会群は建造されたというだけでなく、城跡や古代の遺跡のように人々の積年の想いが石積のひとつひとつとなって積み上げられていた。
サン・フランシスコ通りは石畳が敷き詰められた坂道だった。二人はそのゆるやかな坂道を登った。太陽は朝露で濡れていた石畳を乾かし白く照らしていた。ポルトガル植民地様式の建物の壁はピンクや水色、青、黄色、そして橙などあらゆる数々の鮮やかな原色で塗られていた。しかし、その色彩は原色をわずかに白く薄めた淡いパステルカラーで、溢れるような色彩にもかかわらず優しい落着きのある建物が並んだ不思議な風景だった。家々には今も人々が住んでいる気配があり、開かれた窓や扉の中からは朝食のコーヒーの香りが漂うように流れ出ていた。
アントニーナは、その中の「メウ・オルノ」という看板の出た一軒の家に私を案内した。そこはレストランといったような雰囲気ではなく、普通の古い民家を改造して食事を出しているようだった。アントニーナは狭い板敷の廊下を何度も来たことがあるように先に進む。廊下の壁にはクリチーバの街の古い写真等が飾られていたが、私は一枚の写真の前で立ち止まった。
その写真はそう古くはなかった。白人の女性と小さな娘、二人の男と太った黒人女性が写っていた。白い法衣を着て写真の中央に立って微笑しているのは、若くはあるが先ほどカテドラルで会ったサルダニャ司祭だった。そして、その右隣には髪と顔の上半分をレースで隠した白いドレスの女性が十歳を越した年頃の娘の手を握っていた。司祭の左隣の黒人女性は、それはもう喜びにあふれたような笑みを浮かべていた。
最後に右端の男を見た。男は痩せて帽子を目深にかぶっていた。その帽子のせいか、あるいはうつむき加減のせいか表情は影になって見えなかった。だが、なぜか見覚えがある気がした。そして、たった一人だけ笑顔がなかった。写真には一九六八年二月と、額縁に日付が刻まれていた。
「私よ」とアントニーナが横から言った。
「えっ」というと「この娘」と指差したのは、手を握る女性と同じ白いドレスを着て真っすぐにこちらを見つめている瞳の大きな娘だった。
「すると、この方は君のお母さまですか」と言うと、「そうよ、私の洗礼の日に撮った写真なの。このメウ・オルノのおかみさんは私の乳母だったの」と言って、司祭の左横に立った太った黒人女性を指差した。
「もう一人は?」と私が左端に立った男を指差すと、カルミニャは「さあ、行きましょう。私もお腹が空いているの」と言って奥に向かって歩き出した
廊下は居間らしき部屋まで続いていて、そこには客用のテーブルが置かれていたが、アントニーナはその部屋も横切って中庭に出た。パティオと呼ばれるスペイン・ポルトガル風の中庭には芝が植えられ、中央にはレンガで造られたアーチがあって、その頂上に滑車に巻きつけられた麻縄にブリキのつるべがぶら下がっていた。そして、その下のやはり赤レンガできた井戸の縁は赤や黄色そして紫の花が咲いた鉢で飾られていた。
私はためらったように立ち止まってその庭にある美をみた。パティオにはモスグリーンのクロスがかけられた小さなテーブルが二つ置かれていた。そのひとつにアントニーナが腰掛けて笑顔でこちらを見ている。庭の自然と建物の色に彼女の美が調和し、陽光が庭いっぱいにきらめいていた。
「アントニーナお嬢さん!」と大きな声で近付いてきたのは写真に写っていた太った黒人の女性だった。そして、これも写真と同じように喜びに溢れた笑顔で両手を広げた。
「アントニーナお嬢さん、お久しぶりですね。またお綺麗になったわ。ねえ、お母さまはお元気ですか」と、アントニーナを抱きしめた。
「アラメイダ、お母さまのことを訊かれるのは、今朝はこれで二度目よ。はいはい、元気にしています」と言って、それから「ねえ、アラメイダ。お腹が空いているの」と言ったが、アラメイダは、アントニーナの荷物を見つけると「あら、お旅行ですか。今日はご自宅からではないのですか。どちらか旅行にいらっしゃったのですか?」といくつも訊いた。
「サンパウロよ。サンパウロ大学に行ったの」
「え!サンパウロの大学に入学するのですか。あんな危ない街に行っては危険ですよ」
「ちがうの、セルジオ伯父さまを訪ねたの。サンパウロ大学で教授をなさっているの」
「セルジオ様は、まだ教授をなさっているのですか。ご引退なされたと伺いましたよ」
それから、アラメイダはアントニーナの家族、そして四代前の先祖がクリチーバの古き良き時代を築いたのだという話をし出した。アントニーナはそれを制するようにアラメイダの前に空の皿を持ち上げた。
「ねえ、もう一度言うわ、とてもお腹が空いているの。アラメイダのおしゃべりでは満たされないほどよ」
「わかりましたお嬢様。でもお食事がすんだら、もう一度お話を伺わせて下さいね」と残念そうに話しをやめて注文を聞いた。
「朝食だから、ミルク入りのホット・チョコレート。それから焼き立てパンと自家製のバターと苺ジャム。それから近くのドイツ系移民の方が作ったというソーセイジを炒めてもらうわ。それを二人分ね。あ、そうそうクレソンのサラダも付けてね」と、私の意見などまったく訊かずに注文をすませた。
アラメイダが話し足りなそうに席を離れると、アントニーナは私を見て微笑ながら言った。
「ねえ、あなたの話を聞かせて。あなたは・・・誰?」
私は、そのまっすぐな問いにたじろいだ。そのような問いを受けたこともなければ、自分というものが誰であるかを誰かに話すことなど考えたこともなかった。漠然と自分の将来にたいする不安を抱いたことはあっても、私にはこの時自分を話す用意などできていなかった。どう説明したらよいのか戸惑った。しかし、アントニーナの深いく澄んだグリーンの瞳に見つめられていると、私はアラメイダが置いて行ったコップの水を飲んだ。すると、脳裏に浮かんだのは真っ青な海の波間に浮ぶ色とりどりの千切れたテープだった。そして、そこから話し始めた。
コメント
コメントを投稿