樹影の下で 第一章 サンパウロ 1973年4月 ③
「遅れてすみません」傾いたからだを支えながら謝ると「三十分と言ったはずだ」運転手はぶっきらぼうに答えたが、制帽を持ち上げてニヤリと笑った。
「ドン・ジョゼの店ではなかなか面白かった。あのオヤジの趣味だな、あれは」と言って「早く席にすわっんな」と急かした。
車内はすでに寝ている乗客もあり、たいていの者は毛布をかぶっていた。わたしは乗客を起こさないように気をつけながら狭い通路を自分の席まで進んで通路側の乗客に声を掛けようと「あの・・・・」と言って何も言えず立ちどまってしまった。
通路側の席には先ほどの娘が腰かけていた。彼女は毛布で膝を覆い、読みかけの開いた本を手にしてまま身体を窓際の席に傾けて目を閉じていた。眠っているのか、起きているのかわたしには判断ができなかった。
彼女は、やわらかそうな白いコットン生地のシャツの袖の部分を折り曲げて着ていた。窓がわに傾けた横顔が読書用ライトと時々すれ違う対向車のヘッドライトに反射して白く浮かび上がった。短くカットした明るい金色の髪が少しだけ耳にかぶさっている。白く透き通るような頬から首筋への緩やかな線は熟練の石工が歳月をかけて丁寧に彫りこんだ女神の彫像のようだった。
その女神は美しさを静かな眠りの中に沈めていた。知的な丸みをおびた額からすっきりした鼻筋へ、そして、ふくらんだ唇から決意を秘めた顎に、細くはかない首筋からゆるやかに上下する胸元まで、美しく荘厳な山脈の稜線を仰ぎみるように、全ての言葉を失ってわたしは立ちつくしていた。
髪よりも少しだけ濃い眉が閉じられた瞳を守っている。すこし膨らんだ淡い紅色の瞼の先には長いまつ毛が眠りを休ませるように優しくかぶさっている。そして、彫像が生きている証のように少しだけ開いた唇はふっくらと薄紅色の笑みを浮かべていた。
シャツの袖に隠れた肩から伸びた彼女の腕は、軽く肘を曲げて膝の上にあった。頼りなくもあったが、強い意志をひそめて動きを止めているようでもあった。そして、少しだけ開いた本にやさしく触れている指先がシオリのように本のページの間に挟まっていた。どうしてこのような美しさが存在するのだろうか、わたしは神の創造物に心を奪われていた。
「おすわりになる?」目を閉じたまま彼女が尋ねた。わたしは息が止まるほど驚いた。彼女はゆっくりと瞳をひらくと顎をあげて顔をこちらに向けた。
「乗り遅れるところでしたね。でも、間にあってよかったわ」透きとおるような柔らかな声だった。
わたしは返答もできずに彼女を見つめていた。するとまたバスが揺れ、すれ違う車がクラックションを鳴らして過ぎ、バスの運転手が窓から身を乗り出して大声で怒鳴った。
「危ないわ。どうぞお掛け下さい」といって、最初のときと同じように膝を横にずらして席の前をあけた。
荷台にバックを上げて席に着くと、彼女は腕を伸ばして読書用のライトを消した。外はすでに暗闇に征服されていたので、ライトが消されると彼女を見ることができなくなった。わたしは残念に思ったが、自分の席のライトを点ける勇気はなかった。
「私はアントニーナ。アントニーナ・ベルテーロ、あなたは?」
暗闇の中から彼女の声がした。心の動揺をおさえて話しかける勇気と言葉を探していたわたしは、彼女から問われるとうれしさが胸に広がった。
「僕はトーマです」
わたしは、彼女が話し続けてくれることを期待したが、彼女は「おやすみなさい」と短く言っただけで、膝にかけていた毛布を胸元まで引き上げて眼を閉じてしまった。
暗闇が支配する世界には、想像というぬめりのある魔物が潜んでいる。その魔物は暗やみの世界を際限なく膨らませ、時間の秩序を操り、暗闇の中に過去とそれにつながる未来を暗示するように浮かび上がらせる。
「人間関係というのは縦の関係しかない」辻井ははき捨てるように言った。そして目に怒りをこめて「横の関係というのは弱虫が下でかたまって怯えているだけだ」と言い切った。わたしはレストランで愉快になって笑ったが、笑いが消えた暗闇の中で、彼の言葉が意外なほど自分自身の奥に真実として重く残っていることを認めていた。そして、家族や友人、その他の人々との関係について辻井の言ったことが正しいかどうか確認していた。わたしは色々な人の顔を思い浮かべては、自分との立場の上下をひとつずつ確認してみた。すると、どうだろう、いままで平坦にみえていたそれらの人々との関係に明らかに上下があり、友人との関係ですら、少なくともなだらかな起伏が存在していることに気付いた。しかも、その起伏は常に一定ではなく、時と場所によって波のようにたえず上下に揺らいでいた。
「弱い者同士のつながりは何だとおもう、怯えと不安だよ」
辻井はどうして、あのように強く憎しみをこめるように言いきったのだろうか。彼は、その言葉にたどり着くまでにどのような体験をしてきたのだろうか。確かに人は共感を求めて友人関係を、あるいは愛情を育んでいく。それが学校であれ、宗教であれ、職場であれ、互いに共有する意識なしでは人間の関係はありえないだろう。いや、それらは生活の環境であって心情的なものではない。心情的に共感する精神的なつながりは石井のいうように怯えと不安だろうか・・・。
そう考えと、わたしのまわりには思い当たるような事実がいくつか存在していた。ある友人は、なかなか人間関係を築くことができなかった。ある日、数少ない友人であるわたしに「教会に行ったよ」と、話した。そして不思議なほど簡単にまわりと友情を築けたとうれしそうに語った。そしてわたしをその教会に誘った。何度かの誘いにのったのは意外にしつこくなった友人を納得させるためと彼の変化に対する好奇心からであった。
そこで見たものはある無心になって一心に祈る姿と「兄弟、姉妹」と呼び合う信者たちの姿だった。そこには個性が存在せず、神という絶対的な者の下に迷える子羊という共通の歓喜であった。あれが横のつながりだろうか。
石井の言葉に、あの時の教会を連想させたのは、暗闇の中で孤独と相対しているせいだろうか。しかし、孤独であっても不思議とわたし自身が誰かと怯えでつながっているような気はしなかった。
暗い窓ガラスにドン・ジョゼの太った体がうつった。彼はその体をゆすりながら響くような低い声で云った。
「いまの世の中は、彼が言ったように、不公平でいっぱいだ。人生はそういうものを味付けにして面白可笑しく一人一人が人生を演じている。がんばりな若いの」
ドン・ジョゼの言葉でわたしはもう一度幸福になり、笑いだしたくなった。そして、公平だ、不公平だと騒ぐのは可笑しいではないか、人間関係を上だ、下だと決めつけていては自分も誰かに同じように値をはかられてしまう。それを意識しては不安になるばかりだ。きりのない値のはかり合いは無意味だ。不公平と思うかどうかはそれぞれの意識の選択だ。わたしは自分の人生にどういう意義を持たせることができるだろうか。それよりもわたしにはどういう資質があるのかさえも分からない。わたしは何かを持っているだろうか、誇れるものがあるだろうか。幸福な気分は、また滅入るような不安にかわり、わたしは棚からバッグを降ろしてノートとボールペンを取り出し、読書用ライトを点けた。
ノートを開くと真っ白なページがあるだけだった。最初の1ページを書き入れるとき、わたしは厳粛で神聖な儀式をこれから行うような気分になる。この白いページを埋めるのはどのような日々だろか、どのよう
な物語だろうか。何も存在していないこの真白なページが、旅が終わった時に、未来であったはずの日々が過去の物語となって埋まっている。そう想像しながらボールペンを握りなおし、まず、ドン・ジョゼと辻井の言葉を思い出しながらわたしは今日という一日を書きはじめた。
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