樹影の下で  プロローグ ③



プロローグ

真夏が過ぎて、三月も終る頃。14歳になったばかりのわたしは、一匹の蟻を見つめていた。その日は過ぎ去ったはずの夏が舞い戻ってきたかのように太陽の陽射しは強烈で、樹木の下は遠く離れてみると、それが夜の暗闇と思えるほど漆黒な影を真下に落としていた。
少年のわたしは、その樹影の下にしゃがみ、枝間から射す陽の光の中で一匹の蟻をいたぶって遊んでいた。その黒光りする鋼鉄のような鎧を素晴らしく素敵なものだと思いながらも、その蟻の大きさを超越する自分に無意味な優越感を感じて、小枝の先で蟻の尻を突いた。すると蟻は見えないものに対する恐怖か、怒りからか、先端の鋏を空に持ち上げて威嚇しはじめた。わたしはしばらく面白がって蟻の怒りに戯れていたが、ふと恐怖を感じて、アボガドの枝のすき間から見える高い空を見上げた。
しかし、そこには何者も存在している気配はなかった。空はただ青く遠い空間でしかなく、そこに点在する白い小さな雲々は、空間に生贄のようにはり付けられて動くこともせず、揺らぐ風の存在さえもそこにはなかった。
それでも、わたしは息をひそめて上空からわたしを見下ろしているはずの全てを超越する者の存在を感ずることが出来ないかと青い空間を見上げた。しかし、その行動は、わたしの足下に存在する蟻と自分がなにも変わらないことに気づかされた。可笑しくなって、自分が抱いた意味のない優越感が、なぜ、無意味なのかを否応もなく悟らされた。
いや、訂正すべきだろう。「悟らされた」というほど大きなことではなく、何かを知っただけに過ぎなかった。しかし、この樹影の下の体験はわたしに良質な影響をもたらせた。その後のわたしは、変わりなく悩み苦しみながらも、熱病にうなされるような苦しみからは開放され、その苦しみの理由が何であるかを静かに考えることが出来るようになっていた。
そして、矛盾というものの存在する理由が、生存するものの側の考え方であり、この世の最大の矛盾は、生まれると同時に死に向かっているという事実であり、説明のつかない、逃れようのない、この大きな矛盾の前では、その他の矛盾はなんという小さなことだろうかと思った。そして矛盾と生死という言葉は同意語だと悟ると、わたしは運命に従順となり、その大きな流れに身を委ね、焦ることなく、いつか訪れるその終日までに自分に何ができるのだろうかと考えはじめた。
しいて言えば、その考えの延長に旅があったのかも知れない。自分自身の最深部にまで降りていって、内面への探求に疲れたはてた思考は、何らかの救済を外に求めていた。それが、いくぶん遠慮気味に「旅に出よう」と、わたしの背を押してくれた。

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