樹影の下で プロローグ ②
わたしは彼らが嫌いだった。また、言いなりにしている側の父母に強い憐れみと反感、そして同じように、いやそれ以上に強い嫉妬と憧れを感じていたことを告白すべきだろう。
そして、わたしの属する階級は、なす術もなく日々に焦り、選択肢のない人生に抵抗しながらも、雑然とした想いのまとまらないまま、往くあてもなく、途中下車可能の者だけを満載した最終車両の中で不安に揺られていた。
しかし、あの頃、つまり旅立つ以前に、わたしをもっとも苦しめていたのは、矛盾というものであった。「なぜ?」と問いかけると尽きないほど世間は矛盾に満 ちていた。父や母が繰り返す言葉の中には、彼らさえも実行できないことが多く含まれていることにはとうに気付いていたし、彼らの言葉は、わたしへの忠告で はなく、わたしという者が世間にどう反映しているのかを示していた。そういう意味では彼等の言葉から世間というものを存分に教わったといっても過言ではな い。
そして、わたしは家庭にないもの。精神を新たに根底から揺さぶるような真理。あるいは真理を有する人格と云うものを、そういうものを、学校という若者が持 ちうるもうひとつの世界に求めた。しかし、その世界もわたしを幻滅させた。そこで教わることは、わたしの内面の世界に存在するものに相反していた。わたし はさらに大きな矛盾を自分の内部に増殖させてしまい、全てのものに対して、やりきれない矛盾を解決できないまま、悲しい憤りを積み重ねていた。それらは、 宗教をはじめとする、世に尊いと思われているものの中に多く存在しており、その尊厳が剥がれ落ち、失われていくのは、それを熱望していただけに、すべての 血液がむりやりあけられた心臓の穴から流れ出ていくような蒼白な虚脱感に襲われた。
わたしには矛盾そのものよりも、矛盾の世にあって、戸惑いもなく、平然として生きていける人々が不思議で、そして、信じることができなかった。わかってい ながら、その中に暮らすということは、それを認めることであり、尊厳を失った悲しみに途方にくれて、地に這って生きるような苦しみを感ずるべきではないだ ろうか。牢の中に暮らす苦しさは、牢の中が苦しいのではなく、牢の中から逃れることができないという意識が苦しいはずなのに、その意識を持たぬ人々に驚き と失望を味わっていた。
しかし、わたしの中には苦悩することをゲームのように捉えている自虐的な部分も存在していたことも確かだった。あるいは、苦悩する自分というスタイルを維 持するために、次々と世間の矛盾を好んで探し求めていたのかもしれない。それもまた大きな矛盾であり、生きていくための哀しいポーズともいえるだろう。
そして幸福と不幸の区別がつかなくなった頃、幸福でもない不幸でもない状態はなんと呼べばよいのだろうかという自分自身への問いかけに答えを見出せなく なっていた。あらゆる問題がわたしの前に立ち並び、当然のような顔をして「お前のせいだ、解決しろ」と急いていた。よくよく考えなければならない問題も、 たいしたことのない問題も、おなじ順番待ちで、我儘で横柄な態度で要求した。そしてわたしは前に進めなくなっていた。
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