それでも地球は動いている
私は民主主義が嫌いだ。
あれはいつの頃だろうか。小学生の頃には間違いない「皆さん、民主主義的に多数決で決めましょう」と教師が言った。解決しようとした問題が何だったか忘れてしまったし、そう重要でもない。
重要なのは、子供の私が正義感と自信をもって挙手したことだ。そして、負けたことだろう。
なぜ負けたのか理解できなかった。多分”正義よりも不都合という 理由が優先された”のだろうと気付いたのは、それからずい分後のことだ。そして、民主主義というシステムが嫌いになった。
それからも”そうすると不都合だ”という理由で正義ではないものが決められていくのを多々見ることになり、民主主義が更に嫌いになった。
間接的ではあるが、原発の再稼働もそうだろう。原発を稼働させるという側には最終処理方法が無いという致命的な欠点があるにも関わらず”原発を止めると電気料金が上がり不都合だ”と理由で再稼働を決議した。
私自身の考え方としては、世中に存在するもの全てに理由があると思っているので、原子力にも存在理由があるはずだ。だから、現時点での原発稼働には反対ではあるが、最終処理方法の研究はやめて欲しいとは思わない。このまま終わってしまえば原子力は広島、長崎で人殺しに使われただけの力になってしまう。
話がそれてしまった。原子力のことではなく、民主主義のことだ。 民主主義は政治システムに過ぎない。政治はイデオロギーではなく、民主主義が自由を象徴しているわけでもない。政治は国民から公平に税を集め、効率よく分配する仕事に過ぎない。そして民主主義とは国民の代表を選ぶひとつのシステムに過ぎない。
民主主義という代表を選ぶシステムは成功しただろうか。集票を必要とするシステムはポピュリズムや愚衆政治に陥っていないだろうか。簡単な集票の方法は団体や組織をバックにすることだ。そして組織票を生かすには投票率を下げることだ。これは簡単な算数だ。選挙の投票は権利であり、権利には常に義務がともなう、投票義務がない国の政治家にとって、正義よりも、やはり”そうすると不都合”だからだろう。
ポピュリズムとは己の主張がなく、民衆と呼ばれる一部の者の代弁者になることで、社会正義でもなければ、真実でもない。天文対話を書いたガリレオは異端審問で地動説を放棄させられた。しかし”それでも地球は動いている”と真実を呟いたという。17世紀、宗教が政治に強く影響していた時代では異端審問は政治司法の一部であり”地球が動いていては不都合な時代”だったのだ。
長くなってしまった。完璧な政治はありえない。人類は遠い過去から代表者をどう選ぶか試行錯誤してきた。代表とは権力者であり、宗教を祀る者であったり、長い間、王、皇帝、天皇、呼び名はどうであれ君主制の時代が数世紀も続いた。権力者を選びつつも過大な権力は与えたくないという用心だろうか、あるいは突飛な発想だが民主主義を考え出した者は”誰でも権力者になれるシステムを創りだした”のだろうか。いずれにせよ、21世紀、そろそろ民主主義を盲目的に信奉することをやめたい。それに代わる新しい政治システムを考えだそう。
あれはいつの頃だろうか。小学生の頃には間違いない「皆さん、民主主義的に多数決で決めましょう」と教師が言った。解決しようとした問題が何だったか忘れてしまったし、そう重要でもない。
重要なのは、子供の私が正義感と自信をもって挙手したことだ。そして、負けたことだろう。
なぜ負けたのか理解できなかった。多分”正義よりも不都合という 理由が優先された”のだろうと気付いたのは、それからずい分後のことだ。そして、民主主義というシステムが嫌いになった。
それからも”そうすると不都合だ”という理由で正義ではないものが決められていくのを多々見ることになり、民主主義が更に嫌いになった。
間接的ではあるが、原発の再稼働もそうだろう。原発を稼働させるという側には最終処理方法が無いという致命的な欠点があるにも関わらず”原発を止めると電気料金が上がり不都合だ”と理由で再稼働を決議した。
私自身の考え方としては、世中に存在するもの全てに理由があると思っているので、原子力にも存在理由があるはずだ。だから、現時点での原発稼働には反対ではあるが、最終処理方法の研究はやめて欲しいとは思わない。このまま終わってしまえば原子力は広島、長崎で人殺しに使われただけの力になってしまう。
話がそれてしまった。原子力のことではなく、民主主義のことだ。 民主主義は政治システムに過ぎない。政治はイデオロギーではなく、民主主義が自由を象徴しているわけでもない。政治は国民から公平に税を集め、効率よく分配する仕事に過ぎない。そして民主主義とは国民の代表を選ぶひとつのシステムに過ぎない。
民主主義という代表を選ぶシステムは成功しただろうか。集票を必要とするシステムはポピュリズムや愚衆政治に陥っていないだろうか。簡単な集票の方法は団体や組織をバックにすることだ。そして組織票を生かすには投票率を下げることだ。これは簡単な算数だ。選挙の投票は権利であり、権利には常に義務がともなう、投票義務がない国の政治家にとって、正義よりも、やはり”そうすると不都合”だからだろう。
長くなってしまった。完璧な政治はありえない。人類は遠い過去から代表者をどう選ぶか試行錯誤してきた。代表とは権力者であり、宗教を祀る者であったり、長い間、王、皇帝、天皇、呼び名はどうであれ君主制の時代が数世紀も続いた。権力者を選びつつも過大な権力は与えたくないという用心だろうか、あるいは突飛な発想だが民主主義を考え出した者は”誰でも権力者になれるシステムを創りだした”のだろうか。いずれにせよ、21世紀、そろそろ民主主義を盲目的に信奉することをやめたい。それに代わる新しい政治システムを考えだそう。
コメント
コメントを投稿